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「痛むか?」
相沢は満足さうに馬の首を叩きつゞけていた。房一は思はず微笑した。彼にはこの時の相沢がひどく愛嬌あるものとも見えたからである。けれども、房一自身の顔にさつきから現れているものも、ちやうど子供が好きな物を前にしたときに見せるあの熱心さと同じ表情だつた。
「相沢さんも見えないな」
「何しに来た?」
半之丞の豪奢を極きわめたのは精々せいぜい一月ひとつきか半月はんつきだったでしょう。何しろ背広は着て歩いていても、靴くつの出来上って来た時にはもうその代だいも払えなかったそうです。下しもの話もほんとうかどうか、それはわたしには保証出来ません。しかしわたしの髪を刈りに出かける「ふ」の字軒の主人の話によれば、靴屋は半之丞の前に靴を並べ、「では棟梁とうりょう、元値もとねに買っておくんなさい。これが誰にでも穿はける靴ならば、わたしもこんなことを言いたくはありません。が、棟梁、お前まえさんの靴は仁王様におうさまの草鞋わらじも同じなんだから」と頭を下さげて頼んだと言うことです。けれども勿論半之丞は元値にも買うことは、出来なかったのでしょう。この町の人々には誰に聞いて見ても、半之丞の靴をはいているのは一度も見かけなかったと言っていますから。
これはちっとも可笑おかしくない!彼ら二人は実にいい夫婦なのである。
読経がはじまつた。皆話をやめてその方を向いて坐り直した。
対診に来てくれた練吉のことを気にかけているのだつた。
と、相沢は口ごもつた。
「なにぶん山の中でございますから、折々にこんなことがございます。」
「さうです。――どうかなさつたかね」
かういふことになると、彼の話振りには一種の無邪気さが現れて釆る。
房一は急いで膿盆をひきよせた。